あらすじ
ソングライターの瀬川陸は、数年前に恋人を喪ったまま、暗闇の中にいた。ロシア文学の翻訳家・白石美月と出逢ったのは、そんな頃だった。
深夜のドライブ、塩パン、古書店、コーヒーの三回注ぎ。二人は名前をつけない日々を積み重ね、瀬川はその日々を一曲ずつ歌にしていく。やがて瀬川は告白し、美月はそれを受け取り切る。泣きながら、笑って。
その夜、美月は消える。次に瀬川がドアを叩いたとき、「深雪、です」と訂正した人は、美月と同じ顔をした別人だった。名前も、関係も、カップの数さえゼロから。
瀬川は、通い続けることを選ぶ。美月との日々を曲にして、深雪に届けていく——書けば、届くと思って。四枚のアルバムは、その記録である。
登場人物

瀬川 陸せがわ りく
ソングライター。バンド LowLights のギター。歌詞の中に名前を隠す癖がある。三層目まで読めるのに、二層目で止める人。感情の名前を歌に書かない——書けない——まま、何十曲も書いてきた。コーヒーは三回に分けて注ぐ。最初だけ、細く。

白石 美月しらいし みつき
ロシア文学の翻訳家。三十三歳。聞こえすぎる体質で、キーボードが止まった音まで拾ってしまう。揺らぎを揺らぎのまま残す訳文を書く人。服は黒しか持っていない——ただし、同じ黒でも全部違う。棚のカップは、一つだった。
桐生 深雪きりゅう みゆき
美月と同じ身体を持つ、もう一人。完璧に観測し、完璧に決定する人。彼女の日曜については——第四集で。
アルバム
第一集 十八曲と、外に一曲
意味があとから来る
出会いから、名前をつけない日々。声は交互に来て、最後の二曲でだけ重なる。
第二集 十六曲と、外に一曲
原文が私だった
言葉が喉を通るまで。嘘が一枚ずつめくれて、冷めないうちに、言えた。
第三集 十四曲と、外に一曲
普通の音になるまで
名前が普通の音になっていく日々。数えるのは、新しいうちだけ。最後の一枚だけ、夜。
第四集 二十二曲と、外に一枚
届けなくても
深雪の日曜。歌は、乾くのを待っている。最後のダッシュは、閉じない。
