lowlights

ゆうとか

五つの物理 ── 全行七音、主語なし

ゆるく、下へ

自と他見ると見られる有用と無用道具と身体動と不動 浮いたまま在る水に居るだけ泥で足りてる刃が遊んでる中で打ってる

五つの歌は、対の連作「在と間」と同じ規律でできています。全行七音、主語なし、感情語なし、説明なし。物と現象だけが並びます。

そして、同じ現象を書いています——境界が消えること。あちらはそれを病として書きました。こちらは、自由として書いています。

まずは何も調べずに、上から順に読んでみてください。各曲の下に畳んである編注には、二千数百年前の中国の思想家の話が入っています。答え合わせではなく、二度目に読むための灯りです。

『荘子』について ── 読まなくても聴けます

荘子(荘周)は紀元前四世紀ごろ、中国・戦国時代の思想家です。老子と並ぶ道家の人ですが、理屈で説く人ではありませんでした。彼が遺した書物『荘子』は、ほとんどが寓話でできています。蝶の夢、魚の楽しみ、泥の中の亀、牛を解く料理人、木彫りのような闘鶏——この連作の五曲は、その中から五つの寓話を選んで、七音の物理だけで書き直したものです。

荘子の核心はこう言えます。世界を切り分けているもの——名前、役に立つ/立たない、自分/他人、動く/動かない——は、世界の側にあるのではなく、人間の側の都合である。その区分けの手前にある流れに任せるとき、人は軽くなる。あてもなく遊ぶこと(逍遥遊)、ものに化けてしまうこと(物化)。タイトル「遊と化」は、この二つの語の圧縮です。

対の連作「在と間」は、ハイデガー『存在と時間』の五曲でした。二つの連作は、同じ物理を書いています——境界の消失。ハイデガーはそれを、道具が壊れ、世界が遠のき、みんなの中に沈み、終わりに追われる形で書きました。重さとして。荘子は同じことを、蝶になり、魚と並び、泥で足り、刃が遊び、木になって立つ形で書きました。軽さとして。

並べると、符号がひとつずつ反転しています。「もう浮かばない」(落下)と「浮いたまま在る」(胡蝶)——沈没と浮遊。「分けの利かない」(落下)と「水に居るだけ」(濠梁)——区別不能と、同じ水。「もう浮かばない」(落下)と「泥で足りてる」(曳尾)——底が罠であることと、底が足りていること。「もう見えている」(破損)と「刃が遊んでる」(庖丁)——道具が壊れて見えることと、道具が消えて遊ぶこと。そして「動けない」と「動かない」(木鶏)——一字の差に、全部が入っています。

五つの歌に、荘子の用語はひとつも出てきません。知らずに読めばただの物理の歌、知って読めばあの寓話集——どちらの読みも正しいように作られています。

胡蝶

自と他
Verse 1

重さの抜ける
瞼の降りる
手の開き出す
息が薄まる
肩の落ち出す
暗さの来れる
縁の溶け出す
床が離れる

Pre-Chorus

軽さだけ在る
身が離れ出す
上下の消える
何処へも向かず

Chorus

風に乗り出す
翅が広がる
光に透ける
力の要らず

Verse 2

粉の零れる
花に降り出す
蜜に触れ出す
陽の差し掛かる
薄さの光る
風で揺られる
色が移れる
止まりの無くて

Pre-Chorus 2

目の開き出す
重さの掛かる
翅の消えない
軽さが残る

Chorus

風に乗り出す
翅が広がる
光に透ける
力の要らず

Bridge

覚めの来ている
粉がまだ在る
腕の広がる
翅がまだ居る
温みが一つ
軽さが一つ
どちらも此処に
継ぎ目の無くて

Final Chorus

風に乗り出す
翅が広がる
光に透ける
浮いたまま在る

編注 ── この曲について

寓話はこうです。荘周は夢の中で蝶になった。ひらひらと舞い、自分が荘周であることを忘れていた。ふと覚めると、まぎれもなく荘周である。さて、荘周が夢で蝶になったのか、蝶がいま夢で荘周になっているのか。これを物化という——胡蝶の夢(斉物論篇)。

曲は、入眠の物理から始まります。重さが抜け、瞼が降り、床が離れる。サビで飛行に入り——「力の要らず」。Verse 2 は蝶の感覚世界です。鱗粉、蜜、翅の薄さが光る。そして覚醒。「翅の消えない/軽さが残る」。覚めたのに、翅がまだある。

Bridge がこの曲の解き方です。「温みが一つ/軽さが一つ/どちらも此処に/継ぎ目の無くて」。原典は「どちらが夢か」と問いました。この曲はその問いを、問わずに解いています。人の温みと蝶の軽さが、継ぎ目なくここにある。どちらかに決める必要が、そもそもない。

対の連作との対応。「在と間」の「浮遊」も無重力の曲でした。ただしあちらでは、浮くことは世界の手応えの喪失——何にも届かない病。ここでは、力の要らない飛行——自由。そして最終行「浮いたまま在る」は、「落下」の「もう浮かばない」の正確な反転です。同じ浮力が、あちらでは失われ、こちらでは足りている。

濠梁

見ると見られる
Verse 1

水面の揺れる
光が散れる
底が揺らげる
翳りの走る
尾鰭の振れる
鱗が光る
流れに沿える
向きの変われる

Pre-Chorus

橋から覗く
水面に映る
顔が揺れ出す
並びの出れる

Chorus

緩く泳げる
先の決まらず
戻りも寄りも
向きに任せる

Verse 2

映りが沈む
魚が横切る
顔を過ぎれる
波で崩れる
また映り出す
魚も映れる
一つの水に
隔ての無くて

Pre-Chorus 2

揺れが同じに
深さの寄れる
境が溶ける
水に触れ出す

Chorus

緩く泳げる
先の決まらず
戻りも寄りも
向きに任せる

Bridge

見る目が映る
映る目が見る
泳ぎの中に
覗きの中に
水がどちらも
繋いで動く
隔ての消えた
橋が消えてる

Final Chorus

緩く泳げる
先の決まらず
戻りも寄りも
水に居るだけ

編注 ── この曲について

寓話はこうです。荘子と論争仲間の恵子が、濠水の橋の上を歩いていた。荘子が言う。「魚がゆったり泳いでいる。あれが魚の楽しみだ」。恵子が返す。「君は魚ではない。どうして魚の楽しみが分かる」。荘子。「君は私ではない。どうして私に魚の楽しみが分からないと分かる」——濠梁の問答(秋水篇)。

曲は、この認識論の論争を光学で解きます。Verse 1 は水面の物理——光の散乱、翳り、尾鰭。Pre-Chorus で橋から覗くと、覗いた顔が水面に映る。映った顔は、魚と同じ水の中に並んでしまう。Verse 2 で「一つの水に/隔ての無くて」。

Bridge の四行——「見る目が映る/映る目が見る」。観察する者が水面に映った瞬間、映った目はこちらを見返しています。見ることと見られることが、水の中で入れ替わる。そして最後、「橋が消えてる」。あの論争は橋の上で行われました。視点の足場である橋そのものが消えれば、「君は魚ではない」という問いも立てられなくなる。残るのは「水に居るだけ」。

対の連作との対応。「落下」の「分けの利かない」は、区別がつかなくなる病でした。ここでの「隔ての無くて」は、同じ水にいる自由です。同じ境界の消失が、沈没と遊泳に分かれます。

曳尾

有用と無用
Verse 1

箱に収まる
布に包まれ
乾きの極む
甲の光れる
動きの止まる
重さの消える
高き所に
埃の掛かる

Pre-Chorus

触れの来ぬまま
日だけが当たる
名だけが残る
音の出ぬまま

Chorus

泥に沈める
尾の引き擦れる
重さの掛かる
泥に温まる

Verse 2

湿りの在れる
甲が汚れる
草に触れ出す
水に浸かれる
脚の沈める
息の吐き出す
遅さの掛かる
全部が温い

Pre-Chorus 2

磨かれもせず
拾われもせず
名の付かぬまま
ただ泥に居る

Chorus

泥に沈める
尾の引き擦れる
重さの掛かる
泥に温まる

Bridge

乾けば軽い
濡れれば重い
光れば遠い
曇れば近い
高さは冷えで
低さは温み
祀りは乾き
泥が脈打つ

Final Chorus

泥に沈める
尾の引き擦れる
重さの掛かる
泥で足りてる

編注 ── この曲について

寓話はこうです。荘子が濮水で釣りをしていると、楚の王が使者を二人よこして、国政を任せたいと申し出た。荘子は竿を持ったまま、振り向きもせずに言った。「楚には神亀がいて、死んで三千年、布に包まれ箱に納められ、廟堂に祀られていると聞く。その亀は、死んで骨を貴ばれることを望むだろうか。それとも生きて泥の中に尾を曳くことを望むだろうか」。使者は答えた。「生きて泥の中に尾を曳くことを望むでしょう」。「帰りなさい。私は泥の中で尾を曳いていよう」——曳尾塗中(秋水篇)。

曲は二匹の亀を対で書きます。Verse 1 は祀られた亀——乾き、光る甲、止まった動き、高い所、埃、名だけが残る。Verse 2 は泥の亀——湿り、汚れた甲、沈む脚、遅さ、全部が温い。「磨かれもせず/拾われもせず/名の付かぬまま」。有用であることは、乾かされ、高く置かれ、動きを止められることです。

Bridge は対句の連打です。乾けば軽い、濡れれば重い。光れば遠い、曇れば近い。高さは冷え、低さは温み。そして「祀りは乾き/泥が脈打つ」。祀ることは、殺すことでした。脈は泥の側にあります。

最終行「泥で足りてる」。対の連作「在と間」の世界では、決して言えなかった言葉です——あちらでは「揃わない」「届かない」「着かない」だけが記録されました。そして「落下」では、温かい底は罠でした(もう浮かばない)。同じ温かい泥が、ここでは充足です。同じ物理、逆の符号。

庖丁

道具と身体
Verse 1

刃先の触れる
筋に沿い出す
骨を避け出す
隙を辿れる
音の変われる
硬さの消える
滑りの出れる
逆らいの無く

Pre-Chorus

刃の進み出す
肉が離れる
当てずに抜ける
音だけ残る

Chorus

隙の拡がる
刃の通り出す
触れず離れる
手応えの無い

Verse 2

握りの消える
手が刃に成れる
肩で通れる
腰から入れる
目の追い付かず
先に抜けてる
律が生まれる
舞いに成り出す

Pre-Chorus 2

硬さに当たる
速さの落ちる
息の止まれる
静かに動く

Chorus

隙の拡がる
刃の通り出す
触れず離れる
手応えの無い

Bridge

隙が待ち出す
刃の薄まれる
間が広がれる
余りの在れる
探しの要らず
道が見せ出す
通りの来れる
刃が遊び出す

Final Chorus

隙の拡がる
刃の通り出す
触れず離れる
刃が遊んでる

編注 ── この曲について

寓話はこうです。料理人の庖丁が、文恵君の前で牛を解体した。手の触れるところ、肩の寄るところ、足の踏むところ、膝のかがめるところ、音はすべて律に中り、舞のようであった。文恵君が「技もここに至るか」と嘆じると、庖丁は答えた。「私が好むのは道であって、技より先のものです。良い料理人は年に一度刀を換える——切るからです。並の料理人は月に一度換える——叩き折るからです。私の刀は十九年、数千の牛を解いて、刃は砥ぎたてのままです。節と節のあいだには間(すき)があり、刃には厚みがありません。厚みの無いものを間のあるところに入れれば、広々として、刃を遊ばせる余地が必ずあります」——庖丁解牛(養生主篇)。

曲は、技術から始まります。Verse 1 は精密——筋に沿い、骨を避け、隙を辿る。Verse 2 で道具が身体に溶けます。「握りの消える/手が刃に成れる」。肩で通り、腰から入り、目が追いつく前に抜けている。律が生まれ、舞いになる。Pre-Chorus 2 は原典の「難所に至れば、おそれて戒め、視ることを止め、行うことを遅くする」——一瞬、静かになる部分です。

Bridge で遊びが始まります。「間が広がれる」——対の連作のタイトルにあった「間」が、ここでは刃の遊び場として帰ってきます。「道が見せ出す」——探さなくても、通り道のほうが見えてくる。そして「刃が遊び出す」。

対の連作との対応。これは「破損」の正確な反転です。破損では、道具は壊れて初めて見えました——初めて重い。庖丁では、道具は消えて初めて遊びます——手応えの無い。「もう見えている」と「刃が遊んでる」。道具の透明性の喪失と、道具の透明性の完成。

木鶏

動と不動
Verse 1

声に振り向く
影に身構え
羽の逆立つ
爪の立ち出す
首の伸び出す
胸の膨らむ
息が荒れ出す
動きの止まず

Pre-Chorus

声に向かない
影に動かず
羽の降り出す
息の落ち出す

Chorus

脚だけが在る
立ちだけが在る
目の動かない
息の聞こえず

Verse 2

首の下がれる
羽の畳まれ
爪の引かれる
影に構えず
音を通せる
風を通せる
熱の冷めてる
木のまま立てる

Pre-Chorus 2

動かぬ重さ
触れの来ぬ壁
向き合えぬ先
逃げの始まる

Chorus

脚だけが在る
立ちだけが在る
目の動かない
息の聞こえず

Bridge

動かずに在る
向かいが退ける
声の出ぬまま
周りの退ける
構えの無くて
何もせぬまま
重さだけ在る
静けさが満つ

Final Chorus

脚だけが在る
立ちだけが在る
目の動かない
中で打ってる

編注 ── この曲について

寓話はこうです。紀渻子という男が、王のために闘鶏を育てた。十日して王が「もう使えるか」と問うと、「まだです。空威張りして、殺気立っています」。また十日して問うと、「まだです。相手の声や影に反応します」。また十日、「まだです。睨みつけて、気が盛んです」。さらに十日して、ようやく答えた。「もうよいでしょう。他の鶏が鳴いても、動じません。遠くから見れば木彫りの鶏のようです。徳が全うされました。他の鶏はあえて向かってこず、逃げ出します」——木鶏(達生篇)。

曲は、反応する鶏から始まります。Verse 1 は反応の物理——声に振り向き、影に身構え、羽が逆立ち、息が荒れる。「動きの止まず」。Pre-Chorus で反応が一つずつ消え、Verse 2 で全部が畳まれます。「音を通せる/風を通せる」——刺激が、もう引っかからずに通り抜けていく。「木のまま立てる」。

Pre-Chorus 2 で、周りが動き始めます。「動かぬ重さ/触れの来ぬ壁/向き合えぬ先/逃げの始まる」。何もしていないのに、向かいが逃げていく。Bridge の最終行——「静けさが満つ」。不動は空っぽではなく、いちばん満ちた状態です。

そして連作の最終行、「中で打ってる」。外は木、中に脈。対の連作との対応は、一字の差に集約されます。「落下」は動けなかった——もう浮かばない。木鶏は動かない。受動の停止と、選ばれた静止。連作全体は、この最も静かな一行で閉じます。閉じます——たぶん。

浮いたまま在る水に居るだけ泥で足りてる刃が遊んでる中で打ってる