野守は見ずや
蒲生野の薬狩りの宴/額田王御狩りする
蒲生の野辺に
茜さす
紫匂ふ
標野には
野守据ゑつつ
居並べる
大宮人の
目の前に
袖を振りつつ
あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る
人皆の
見るを忘れて
野守だに
見ばいかにせむ
かくばかり
人の見る間に
袖な振りそね
あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る
序
額田王と大海人皇子が、天智天皇主催の蒲生野(かまふの)の薬狩りの宴で交わした問答(万葉集 巻一・二〇/二一)を起点に、同じひとつの恋を、外側の言語と媒体だけ着替えさせて千三百年ぶん下らせた連作。
中心の問いはひとつ。公開の場で、見られながら、それでも交わされる恋——その感情に時代ごとの殻だけを着せ替え続けると、何が剥がれ落ち、何が残るのか。
万葉から昭和八〇年代までは、問いと答えの男女二声(a/b)で各時代の恋の形式を立てる。平成以降は、媒体(電話・メール・既読・SNS・アプリ)が恋の不安の形を変えていく過程を、女性一人語りで追う。男の声は九で留守電の録音を最後に、媒体の沈黙へ溶けていく。
最後に二つの結末を置く。十三「名前を呼ぶ」(呼べた世界線)と、十三'「名前を呼べない」(呼べなかった世界線)。千三百年の最後に、勇気と現実の両方を残した。
御狩りする
蒲生の野辺に
茜さす
紫匂ふ
標野には
野守据ゑつつ
居並べる
大宮人の
目の前に
袖を振りつつ
あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る
人皆の
見るを忘れて
野守だに
見ばいかにせむ
かくばかり
人の見る間に
袖な振りそね
あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る
茜さす
紫のごと
にほへる子
見れば飽かぬを
大君の
御狩りの庭に
野守あり
人目は繁し
知りながら
袖を振りてき
紫の
にほへる妹を
憎くあらば
人妻ゆゑに
我れ恋ひめやも
見ばも見よ
謗らば謗れ
うとましく
思はば寄らじ
人妻と
知りてし燃ゆる
この恋の
偽りあらば
袖振らめやも
紫の
にほへる妹を
憎くあらば
人妻ゆゑに
我れ恋ひめやも
御簾の内
ゐる我にさへ
袖の色
しるく見せつつ
振り給ふかな
人目もる
この大宮に
名や立たむ
かくしも袖を
振り給ふらむ
世の聞こえ
つつむ心は
知らせねど
人の見る間は
袖な振りそね
人目もる
この大宮に
名や立たむ
かくしも袖を
振り給ふらむ
御簾越しに
ほのかに見ゆる
面影に
袖振らずやは
あるべきものを
人は言へ
名は立たば立て
かくばかり
忍ぶる恋の
あらはれぬべき
厭はしと
思はばかくは
袖振らじ
人目しげきに
振るぞ恋しき
人は言へ
名は立たば立て
かくばかり
忍ぶる恋の
あらはれぬべき
人目の庭に
舞ふ袖の
ひるがへるたび
君を見る
これは戯れ
舞なれば
咎むる人も
よもあらじ
見る目しげき
この座にて
袖は振れども
舞と見よ
唄にまぎれて
ひと節を
君に向くるも
舞なれば
まこと隠して
袖返す
見るなと言ひて
見られたし
見る目しげき
この座にて
袖は振れども
舞と見よ
舞ふその袖の
ひるがへし
われを見るとは
知りにけり
戯れぞとは
言ふめれど
まことを袖に
見つるかな
世は仮の世と
知る身にも
名は惜しからず
君ゆゑに
見るなと言へど
見ざらめや
振る袖ごとに
燃ゆる胸
仮の世なれば
なほぞ言ふ
君を恋ふとぞ
言ひてまし
世は仮の世と
知る身にも
名は惜しからず
君ゆゑに
廓の闇に
人目しのんで
袖を引くのは
主ゆゑに
主は思はん
廓の誠と
言ふてくれるな
これ誠
客にゃ笑顔を
売るがつとめの
身でも一人にゃ
嘘は無い
主は思はん
廓の誠と
言ふてくれるな
これ誠
袖を引く手の
その震へこそ
廓の手管にゃ
出来ぬ意気
義理も世間も
捨てて見せうぞ
添はれぬ仲は
後の世で
遊女に誠
無いとは言ふが
主の涙を
俺は知る
義理も世間も
捨てて見せうぞ
添はれぬ仲は
後の世で
振袖の色
あせぬまに
恋とふ文字を
知りそめぬ
親の定めし
人ありて
この振袖も
留袖に
心は一つ
君のもの
身は家のもの
ぞ悲しき
親の定めし
人ありて
この振袖も
留袖に
振袖揺るる
風の道
恋は神より
賜びしもの
家のさだめも
世の掟
恋の自由に
など勝たむ
身は家のもの
泣く君を
攫ひてゆかむ
海越えて
家のさだめも
世の掟
恋の自由に
など勝たむ
ネオンの下で
踊りましょ
頬を寄せても
ご挨拶
噂になるわ
よしましょう
なんて言いつつ
もう一度
親が決めてる
縁談に
はいと言う日も
近いのよ
だから今夜は
踊らせて
好きと言わずに
ただ一度
噂になるわ
よしましょう
なんて言いつつ
もう一度
ご挨拶だと
笑うけど
震えてる手を
知っている
世間が何だ
噂など
君が頷きゃ
連れて行く
好きと言わずに
踊る背を
抱けばわかるよ
その鼓動
世間が何だ
噂など
君が頷きゃ
連れて行く
誰も咎めぬ
世になって
なのにこの手は
伸ばせない
惚れてしまえば
なお遠い
好きだからこそ
身を引くの
グラスの底に
沈めても
浮いてくるのよ
君の顔
ネオンにじんで
夜が更ける
待つしか知らぬ
女なの
惚れてしまえば
なお遠い
好きだからこそ
身を引くの
戦も家も
終わったよ
もう誰にも
縛られぬ
身を引くなんて
言わせない
好きならこっち
来ればいい
グラス越しでも
わかるんだ
待つのが愛と
思うなよ
惚れたと言えよ
一遍で
俺がさらって
みせるから
身を引くなんて
言わせない
好きならこっち
来ればいい
夜のハイウェイ
流してく
軽いノリだけ
見せてるの
重いと言われ
たくないの
名前を聞けば
負けだから
ホテルのバーで
笑っても
ほんとはずっと
聞きたいの
私のことは
何なのと
喉まで出てて
言えないの
重いと言われ
たくないの
名前を聞けば
負けだから
重いのは無理
でしょ普通
名前なんかは
いらないさ
縛らないのが
優しささ
このまま遊ぼ
いいじゃない
君が黙ると
気にはなる
けど聞いちゃうと
終わる気が
だから笑って
はぐらかす
俺も名前が
怖いだけ
縛らないのが
優しささ
このまま遊ぼ
いいじゃない
電話の前で 膝を抱えて
鳴らない呼び出し音を 数えてる
「今夜こそ」って 何度目の今夜
受話器の冷たさだけ 慣れていく
かけ直せばいいって わかってるよ
指はダイヤルの上で 止まったまま
自分からかけたら 負けな気がして
プライドと未練 どっちも捨てられない
あの夜 軽く笑って
「またね」って手を振ったあなた
その「また」が いつなのか
聞けないまま 夜になる
会えない時間が 好きを大きくするって
誰が言ったの こんなに苦しいのに
ベルひとつで 世界が変わる夜を
待って 待って 待ってしまう
かけてこない あなたの声を
今夜もまだ 待ってしまう
留守電のテープ すり切れるほど
何度も巻き戻して 聞いている
新しい言葉は ひとつもないのに
古いあなたの声に すがってる
受話器を取れば 届くはずなのに
重いって言われるのが 怖いだけ
自由なのに 動けない
誰も縛ってないのに
「また連絡する」の その「また」を
カレンダーのどこにも 見つけられない
それでも消せないの このテープ
あなたの「またね」に まだ手を振ってる
会えない時間が 好きを大きくするなら
この夜が明けたら どれだけ好きになるの
ベルは鳴らない わかってる わかってるのに
待って 待って 待ってしまう
かけてこない あなたを
今夜もまだ 待ってしまう
受話器を置いて 灯りを消す
明日になれば かけられるかな
……なんてね
今夜も 眠れないだけ
ベッドの上で ケータイ握って
カーソルだけが 点滅してる
「ねぇ」まで打って ぜんぶ消した
深夜二時の わたしの親指
あなた専用に 設定した
特別な着メロ 誰も知らない
鳴った気がして 毎回見るの
画面は暗い 着信 〇件
「今日ね」「あのね」「元気?」「やっぱいいや」
書いては消して また書いて
絵文字つけたら 必死みたい
外したら 冷たいかな
送れない 送れない
たった一言が 送れない
あなたから来れば すぐ返すのに
自分からは 負けな気がして
打って消して 打って消して
朝が来る
連絡ひとつで 繋がれる時代に
わたしだけ 届かない
やっと来たメール 三文字「おつ」
意味を三時間 考えてる
ピリオドもない 絵文字もない
これは脈? 脈なし? どっちなの
即レスしたら 重いでしょ
だから一時間 わざと待つ
駆け引きなんて したくないのに
わたしが勝手に すり減ってく
ほんとはね
「好き」って打ったことなら
何回も 何十回も あるんだよ
送信ボタンの 手前で消して
なかったことに してきただけ
絵文字のハートも「ウケる」で薄めて
本気を 冗談に 着替えさせてる
送れない 送れない
好きの一文字が 送れない
あなたから来れば 世界が変わるのに
待ってるだけじゃ 何も変わらない
わかってるのに 打って消して
また朝が来る
連絡ひとつで 繋がれる時代に
わたしだけ まだ 届かない
下書きフォルダに 溜まってく
送らなかった ぜんぶの「好き」
いつか送れる日が 来るのかな
……なんてね
今日も 保存して 閉じる
親指で タイムライン 流してる
あなたの「いいね」が 別の子に灯る
見なきゃいいのに 見てしまう
スクロールする手が 止まらない
送ったメッセージに 既読がついた
ついたまま もう三時間
返ってこないって わかってるのに
画面を伏せて また見てる
追撃したら 重いでしょ
だから一回で 止めておく
「既読スルー」って 言葉だけが
やけに静かに 刺さってくる
見えてしまう 見えてしまう
見たくないものまで 見えてしまう
あなたが今 誰と笑ってるか
ぜんぶ 画面が 教えてくる
昔は 会えない時間が 苦しかった
今は 見えすぎる時間が 苦しい
通知ひとつで 心臓が鳴る
見えてしまう この恋
鍵垢にだけ 本音を吐いて
誰にも届かない場所で 叫んでる
表のアカウントでは 匂わせて
わかる人にだけ わかればいい
あなたの好きそうな曲を 貼って
「これ気づいて」って 祈ってる
名前は出さない 出したら負け
だから世界に 遠回しに叫ぶ
スクショされて 保存されて
消したはずの言葉も まだどこかに残ってる
誰が見てるか わからないまま
それでも投稿ボタンを 押してしまう
見られたくない 見てほしい
この矛盾を 毎晩 繰り返してる
見えてしまう 見えてしまう
あなたの世界が ぜんぶ 見えてしまう
なのに一番知りたい あなたの本当は
画面のどこにも 映らない
既読はつくのに 心は見えない
見えすぎるのに 届かない
通知ひとつで 心臓が鳴る
今日も わたしの片想い界隈
スマホの画面 暗くなる
そこに映った わたしの顔
誰にも 送らなかった 今日の「好き」
……なんてね
「おやすみ」 とだけ 呟いて
右にスワイプ 左にスワイプ
顔も名前も 秒で流れてく
百人いても 刺さるのは一人
なのにその一人が いちばん既読つかない
ストーリー あなたが足跡つけてく
リプはないけど 毎回見てはくる
それって何? 脈? ただの暇つぶし?
判定不能 アルゴリズムより読めない
キープされてる 気はしてる
でも問い詰めたら ブロックされそう
「重い」って いちばん怖い言葉
だから今日も 余裕のフリして「ゆるく」
選べすぎる時代に 選ばれたいんだが
スワイプひとつで 次に行けちゃう世界で
あなたの「いちばん」に なりたいだけなのに
言ったら重い? 負け確? 知らんけど
選ばれたい 選ばれたい
その他大勢じゃ 無理なんよ
百人の中の一人じゃなくて
あなたの ただ一人に なりたい
スクショ撮って 友だちに査定させる
「これ脈ないでしょ」「いや、ワンチャンある」
集合知でも 答え出ないやつ
本人だけが 既読つけて黙ってる
「アプリ消してよ」とか 言えない
「お互い様でしょ」って顔されたら詰む
私だけ本気とか ダサいって
そう思われるくらいなら 黙る
スワイプ 通知 既読 無視
足跡だけ 律儀につける男
脈 なし あり 保留 また保留
ワンチャン数えるの もうやめた
余裕 ない でも あるフリ
ゆるい 無理 でも ゆるいフリ
選ばれたい でも 言えない
重いが勝つか 好きが勝つか
脳内会議 また紛糾
理性 もう 帰った
好き だけが 残業してる
選べすぎる時代に 選ばれたいんだが
みんな保険かけて 誰も決めない世界で
あなたの「特別」に なりたいだけなんよ
言えないまま また右にスワイプされる
選ばれたい 選ばれたい
キープでも その他でも もう無理
百個の選択肢の一個じゃなくて
あなたの 最後の一個に なりたい
通知が来た あなたじゃない
また知らない誰かの いいね
画面の中 百人が手を振ってる
でも私が 名前を呼びたいのは
……なんてね
今日も「ゆるく」って スタンプ送る
通知ひとつで 心拍数 バグる
今日も画面 見つめてる
誰かからの「好き」を 待ってるだけの
受け身の恋を もう何年してるんだろう
ずっと 通知を 待ってた
こっちから行ったら 負けだと思ってた
ぜんぶ 冗談に してきた
本気を見せたら ダサいと思ってた
スクショされるのが 怖かった
名前をつけたら 終わると思ってた
——知らんけど
でも もう 疲れたんだ
足跡だけ残して 匂わせて
「わかる人にだけ」なんて
遠回りばっかり もう無理
誰かが見てても 君の名前を呼ぶ
スクショされても ブロックされても いい
「重い」も「負け」も 今日は怖くない
今 君の名前を 呼ぶ
本当は ずっと 好きだった
冗談の裏で ずっと 好きだった
通知を待つ夜 ぜんぶ 君だった
下書きフォルダの ぜんぶ 君だった
送れなかった「好き」が 何年分も
今 喉まで 来てる
もう「なんてね」って 言わない
手を振るだけの恋は 今日で終わり
返事が 来なくてもいい
呼んだ その事実だけ 残るから
誰かが見てても 君の名前を呼ぶ
誰に どう思われても もういい
名前をつけたら 終わると思ってた
でも 呼ばなきゃ 何も 始まらない
怖い まだ怖い それでも呼ぶよ
返事は いらない ただ 呼びたいだけ
今 君の名前を 呼ぶ
通知は まだ 来ない
画面は 暗いまま
でも わたしは もう 待ってない
さっき 名前を 呼んだから
……怖かった
でも、言えた
ピコン
ピコン
ピコン
あなたじゃない
はい解散
いや待って
足跡はある
足跡だけある
それは何?
恋?
仕様?
バグ?
人類?
好(ハオ)?
いや
ハオじゃ済まん
通知ひとつで 心拍数ギュン
既読つかんのに ストーリー皆勤賞
え、なにそれ 律儀すぎ?
足跡だけ置いてく妖怪?
右にスワイプ 左にスワイプ
顔面カタログ 秒で流れてく
百人いても 刺さるの一人
その一人だけ 返信おっそすぎ
メロつく
むり
キャパい
なのにまだ
画面見てる
通知、滅、好き、むり
メロい つらい キャパい
ほんmoney それな
でも言えない
「最近どう?」って打った
消した
「元気?」って打った
しゃばい
「今なにしてる?」は彼女ヅラ?
いや彼女じゃないが?
じゃあ何?
気にぴ?
好きぴ?
リアコ?
未満?
以上?
未満以上って何?
数学も恋もバグ
あなたの「おつ」だけで
一日ウマ確まであるのに
こっちの「おつ」は
温度ミスったら即氷河期
絵文字つけたら必死
外したら終わり
「笑」か「w」か「!」か「〜」か
脳内会議 議事録炎上
送信前に風呂キャン
返信待ちでメンブレ
好きって打てば
世界線ピキる
あーもう
わかりみが深海
息してるだけで
恋がうるさい
ねえ
見られたくないのに
見てほしい
バレたくないのに
気づいてほしい
鍵垢で叫んで
表では凪の顔
この恋 治安悪すぎ
でも退出できない
通知、滅、好き、むり
君方面に 感情災害
メロいより もう痛い
心臓 ログアウト寸前
好きって言えば
終わる気がして
言わなきゃずっと
終わらないまま
ワンチャンある?
ない?
保留?
保留がいちばん残酷なんよ
通知、滅、好き、むり
選ばれたいのに 選べる時代
その他大勢じゃ 無理 of 無理
君の一件通知に なりたいだけ
ピコン あなたじゃない
ピコン あなたじゃない
ピコン あなたじゃない
でも足跡
足跡
足跡だけ
エッホエッホ
足跡だけは律儀って伝えなきゃ
スクショ撮って 友だち裁判
「これは脈」
「いや暇」
「ワンチャン」
「撤退」
集合知 割れすぎ
陪審員までメンブレ
あなたの好きそうな曲
ストーリーに貼った
秒で見た
リプ無
いいね無
でも見た
見たなら言って?
いや言われたら詰む
何が?
関係が
何の?
知らん
だから詰む
平成女児みたいな
ラメ入りの強がりで
少女漫画コアな妄想だけ
脳内で連載中
第一話「足跡」
第二話「既読」
第三話「他の子へのいいね」
最終話 未定
打ち切りだけは
やめて
議題
この恋は脈か
A案 撤退
B案 様子見
C案 好き
C案 強すぎ
却下
再提出
理性「寝ろ」
感情「無理」
自尊心「負けるな」
親指「送る?」
親指「消す?」
親指「送る?」
親指「保存」
解散
横転
通知、滅、好き、むり
君の一言で 天気変わる
「大丈夫?」とか言うな
それが一番 大丈夫じゃない
語彙力だけ 先に昇天
蛙化?
しないが?
むしろ沼地に家建てたが?
通知、滅、好き、むり
選ばれたいとか 言ったら重い?
重いって言葉 怖すぎ問題
でも軽いフリも そろそろ限界
……ねえ
君の名前
打ったことならあるよ
下書きの奥に
君の名前がいる
送らなかった「好き」の横で
まだ消えずに光ってる
名前を呼んだら
終わると思ってた
呼ばなかったから
ずっと終わらなかった
見られたくない
見てほしい
言いたくない
わかってほしい
この矛盾でできた服を
毎晩 着替えられない
野守は見ずや
いや 全員 見てる
名や立たむ
もう スクショ済み
舞と見よ
「ネタ」じゃもう 隠せない
これ誠
いや ガチなんよ
身は家のもの
今は アルゴリズムのもの?
なんて言いつつ
その「なんてね」が もう効かない
身を引くの
引く相手すら いないのに
名前を聞けば負け
ずっと 負けっぱなし
待ってしまう
何を待ってるかも もう不明
打って消して
一生 打って消して
見えてしまう
ぜんぶ見えるのに 心だけ 見えない
選ばれたいんだが
選ばれたいんだが
選ばれたいんだが
好(ハオ)
いや ハオじゃ もう 追いつかん
ぜんぶ 同時に 鳴ってる
ぜんぶ おんなじ「好き」なのに
ぜんぶ 言えないまま
バッファ オーバー
名前、読み込み中……
読み込み 失敗
——だから、呼べない
好き むり ギュン 滅
重い 軽い ゆるい 無理
脈 謎 沼 保留
既読 未読 足跡 無言
風呂キャンするほど
情緒が帰宅拒否
限界オタクの顔で
自分の恋を実況中
「まずは、ありがとう」
とか言われたら終わり
告白前から振られ構文
先回りして泣くな
キャパい
しゃばい
てぇてぇ
しんどい
ほんmoney好き
でも言えない
言えない
言えない
言えない
言えないのに
投稿ボタンは押せるの
なんで?
通知、滅、好き、むり
君の名前が 通知欄にない
それだけで世界が
ちょっと下書きに戻る
好きって言えば
壊れる気がして
言えないくせに
また画面見る
百人のいいねじゃ足りない
君の一件だけでいい
通知、滅、好き、むり
その他大勢の海で溺れる
わたしを選んで
とか言えたら苦労しない
だから今日も
ゆるく
軽く
何もなかった顔で
ゆるく
草
それな
わかる
うける
だよね
またね
おやすみ
おやすみ?
おやすみって何?
終わらすな
終わってない
始まってもない
でも
ほんとは
名前を呼びたい
通知が来た
あなたじゃない
また知らない誰かのいいね
画面の中で
百人が手を振ってる
わたしは笑って
スタンプ送って
また白を切って
でも
下書きの奥で
君の名前だけ
まだ消せない
通知、滅、好き、むり
好き、まで打って
また消して
ピコン
あなたじゃない
名前、
……
なんでもない
まだ
呼べない
【野守(監視者)の変遷】蒲生野の番人ひとり → 世の聞こえ → 義理 → 家 → 世間・噂 → 既読・タイムライン → 全員・履歴・スクショ・消えない証拠。野守は一直線に増えはしない。家制度が倒れた戦後から私的な電話の平成初期にかけて、いったん消える(不安は「見られる」から「待ってしまう」へ内向する)。だが平成後期から令和にかけて、桁違いの規模で戻ってくる。だから最終篇「誰かが見てても」は、額田王より無限に多い目の前での、史上最大の賭けになる。
【袖振るから、名前へ】この連作はずっと「言い逃れできる合図」の歴史だった。袖を振る/舞と見よ/袖を引く/ご挨拶/なんて言いつつ/このまま遊ぼ/既読/匂わせ/百人が手を振ってる——全部「ただの仕草」と白を切れた。その総決算が「名前を呼ぶ」。唯一、取り消せず、白を切れない行為。八〇年代に生まれた「名前を聞けば負け」が令和まで彼女を縛り、最後に「呼ばなきゃ何も始まらない」と裏返る。負けだった名づけが、賭けになる。
【はぐらかしの糸】「なんてね」はモボモガ「なんて言いつつ」に生まれ、全篇を貫き、十三で捨てられ、十三'で溺れる。
【形式の進化】長歌+反歌 → 短歌 → 今様(7-5) → 都々逸(7-7-7-5) → 新体詩 → 流行歌(口語化) → 演歌 → シティポップ → J-pop → ハイパーポップ → アンセム。貴族の詠む歌が、うたい舞う庶民歌になり、口語のポップへ崩れていく。今様で生まれた七五調が、演歌・J-popまで脈を運ぶ。
【役割の反転】万葉以来千三百年「女が引き、男が攻める」だった。家制度が倒れた戦後、女の自己抑制(古い檻の残響)が死に、八〇年代で完全に反転——彼女が名前を望む側、彼が冷たい謎メンに。平成で男の声は媒体の沈黙(留守電の幽霊 → 既読スルー → 無言)へ溶け、令和では彼女ひとりが残って、名を呼ぶ。
額田王が「見られるかもしれない」と袖を気にした宴から、「見られても呼ぶ」まで——長い長い、一本の片恋。