lowlights
原典 万葉集 巻一・二〇/二一(額田王・大海人皇子)

君の名前を呼ぶまで

Until I Call Your Name — one withheld love, thirteen ages
〜万葉「野守は見ずや」から令和まで/ひとつの片恋の千三百年〜
あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る額田王(万葉集 巻一・二〇)
↓ 千三百年
誰かが見てても 君の名前を呼ぶ令和
the spine
袖振りから、名前へ
万葉見られる平安噂になる鎌倉室町演じてしまう江戸信じてもらえない明治家に奪われる昭和戦前今夜しかない昭和戦後自分から行けない昭和80s名前をつけられない平成初期待ってしまう平成中期送れない平成後期見えてしまう令和選べない令和最終それでも呼ぶ13' 袖を振る=言い逃れできる合図野守、いったん消える役割が反転留守電=最後の男声野守、爆発(全員・履歴・永久)名前を呼ぶ=取り消せない呼べなかった世界線

Preface

額田王と大海人皇子が、天智天皇主催の蒲生野(かまふの)の薬狩りの宴で交わした問答(万葉集 巻一・二〇/二一)を起点に、同じひとつの恋を、外側の言語と媒体だけ着替えさせて千三百年ぶん下らせた連作。

中心の問いはひとつ。公開の場で、見られながら、それでも交わされる恋——その感情に時代ごとの殻だけを着せ替え続けると、何が剥がれ落ち、何が残るのか。

万葉から昭和八〇年代までは、問いと答えの男女二声(a/b)で各時代の恋の形式を立てる。平成以降は、媒体(電話・メール・既読・SNS・アプリ)が恋の不安の形を変えていく過程を、女性一人語りで追う。男の声は九で留守電の録音を最後に、媒体の沈黙へ溶けていく。

最後に二つの結末を置く。十三「名前を呼ぶ」(呼べた世界線)と、十三'「名前を呼べない」(呼べなかった世界線)。千三百年の最後に、勇気と現実の両方を残した。

I. Two Voices第一部 二声の時代問いと答え。袖を振る側と、咎める側。
1a

野守は見ずや

蒲生野の薬狩りの宴/額田王
Chant長歌

御狩りする
蒲生の野辺に
茜さす
紫匂ふ
標野には
野守据ゑつつ
居並べる
大宮人の
目の前に
袖を振りつつ

Refrain反歌

あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る

Chant長歌

人皆の
見るを忘れて
野守だに
見ばいかにせむ
かくばかり
人の見る間に
袖な振りそね

Refrain反歌

あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る

1b

人妻ゆゑに

同/大海人皇子
Chant長歌

茜さす
紫のごと
にほへる子
見れば飽かぬを
大君の
御狩りの庭に
野守あり
人目は繁し
知りながら
袖を振りてき

Refrain反歌

紫の
にほへる妹を
憎くあらば
人妻ゆゑに
我れ恋ひめやも

Chant長歌

見ばも見よ
謗らば謗れ
うとましく
思はば寄らじ
人妻と
知りてし燃ゆる
この恋の
偽りあらば
袖振らめやも

Refrain反歌

紫の
にほへる妹を
憎くあらば
人妻ゆゑに
我れ恋ひめやも

2a

名や立たむ

平安宮廷/女君
Verse

御簾の内
ゐる我にさへ
袖の色
しるく見せつつ
振り給ふかな

Refrain

人目もる
この大宮に
名や立たむ
かくしも袖を
振り給ふらむ

Verse

世の聞こえ
つつむ心は
知らせねど
人の見る間は
袖な振りそね

Refrain

人目もる
この大宮に
名や立たむ
かくしも袖を
振り給ふらむ

2b

名は立たば立て

同/男君
Verse

御簾越しに
ほのかに見ゆる
面影に
袖振らずやは
あるべきものを

Refrain

人は言へ
名は立たば立て
かくばかり
忍ぶる恋の
あらはれぬべき

Verse

厭はしと
思はばかくは
袖振らじ
人目しげきに
振るぞ恋しき

Refrain

人は言へ
名は立たば立て
かくばかり
忍ぶる恋の
あらはれぬべき

3a

舞と見よ

武家の宴/白拍子
Verse今様

人目の庭に
舞ふ袖の
ひるがへるたび
君を見る
これは戯れ
舞なれば
咎むる人も
よもあらじ

Refrain今様

見る目しげき
この座にて
袖は振れども
舞と見よ

Verse今様

唄にまぎれて
ひと節を
君に向くるも
舞なれば
まこと隠して
袖返す
見るなと言ひて
見られたし

Refrain今様

見る目しげき
この座にて
袖は振れども
舞と見よ

3b

まことを袖に

同/武者
Verse今様

舞ふその袖の
ひるがへし
われを見るとは
知りにけり
戯れぞとは
言ふめれど
まことを袖に
見つるかな

Refrain今様

世は仮の世と
知る身にも
名は惜しからず
君ゆゑに

Verse今様

見るなと言へど
見ざらめや
振る袖ごとに
燃ゆる胸
仮の世なれば
なほぞ言ふ
君を恋ふとぞ
言ひてまし

Refrain今様

世は仮の世と
知る身にも
名は惜しからず
君ゆゑに

4a

これ誠

廓/遊女
Verse都々逸

廓の闇に
人目しのんで
袖を引くのは
主ゆゑに

Refrain都々逸

主は思はん
廓の誠と
言ふてくれるな
これ誠

Verse都々逸

客にゃ笑顔を
売るがつとめの
身でも一人にゃ
嘘は無い

Refrain都々逸

主は思はん
廓の誠と
言ふてくれるな
これ誠

4b

俺は知る

同/間夫
Verse都々逸

袖を引く手の
その震へこそ
廓の手管にゃ
出来ぬ意気

Refrain都々逸

義理も世間も
捨てて見せうぞ
添はれぬ仲は
後の世で

Verse都々逸

遊女に誠
無いとは言ふが
主の涙を
俺は知る

Refrain都々逸

義理も世間も
捨てて見せうぞ
添はれぬ仲は
後の世で

5a

身は家のもの

明治/女学生
Verse新体詩

振袖の色
あせぬまに
恋とふ文字を
知りそめぬ

Refrain新体詩

親の定めし
人ありて
この振袖も
留袖に

Verse新体詩

心は一つ
君のもの
身は家のもの
ぞ悲しき

Refrain新体詩

親の定めし
人ありて
この振袖も
留袖に

5b

攫ひてゆかむ

同/書生
Verse新体詩

振袖揺るる
風の道
恋は神より
賜びしもの

Refrain新体詩

家のさだめも
世の掟
恋の自由に
など勝たむ

Verse新体詩

身は家のもの
泣く君を
攫ひてゆかむ
海越えて

Refrain新体詩

家のさだめも
世の掟
恋の自由に
など勝たむ

6a

なんて言いつつ

昭和戦前/モガ
Verse流行歌

ネオンの下で
踊りましょ
頬を寄せても
ご挨拶

Refrain流行歌

噂になるわ
よしましょう
なんて言いつつ
もう一度

Verse流行歌

親が決めてる
縁談に
はいと言う日も
近いのよ
だから今夜は
踊らせて
好きと言わずに
ただ一度

Refrain流行歌

噂になるわ
よしましょう
なんて言いつつ
もう一度

6b

その鼓動

同/モボ
Verse流行歌

ご挨拶だと
笑うけど
震えてる手を
知っている

Refrain流行歌

世間が何だ
噂など
君が頷きゃ
連れて行く

Verse流行歌

好きと言わずに
踊る背を
抱けばわかるよ
その鼓動

Refrain流行歌

世間が何だ
噂など
君が頷きゃ
連れて行く

7a

身を引くの

昭和戦後・高度成長/女
Verse演歌

誰も咎めぬ
世になって
なのにこの手は
伸ばせない

Refrain演歌

惚れてしまえば
なお遠い
好きだからこそ
身を引くの

Verse演歌

グラスの底に
沈めても
浮いてくるのよ
君の顔
ネオンにじんで
夜が更ける
待つしか知らぬ
女なの

Refrain演歌

惚れてしまえば
なお遠い
好きだからこそ
身を引くの

7b

さらってみせる

同/男
Verse演歌

戦も家も
終わったよ
もう誰にも
縛られぬ

Refrain演歌

身を引くなんて
言わせない
好きならこっち
来ればいい

Verse演歌

グラス越しでも
わかるんだ
待つのが愛と
思うなよ
惚れたと言えよ
一遍で
俺がさらって
みせるから

Refrain演歌

身を引くなんて
言わせない
好きならこっち
来ればいい

8a

名前を聞けば

昭和八〇年代/女
Verseシティポップ

夜のハイウェイ
流してく
軽いノリだけ
見せてるの

Chorusシティポップ

重いと言われ
たくないの
名前を聞けば
負けだから

Verseシティポップ

ホテルのバーで
笑っても
ほんとはずっと
聞きたいの
私のことは
何なのと
喉まで出てて
言えないの

Chorusシティポップ

重いと言われ
たくないの
名前を聞けば
負けだから

8b

このまま遊ぼ

同/男
Verseシティポップ

重いのは無理
でしょ普通
名前なんかは
いらないさ

Chorusシティポップ

縛らないのが
優しささ
このまま遊ぼ
いいじゃない

Verseシティポップ

君が黙ると
気にはなる
けど聞いちゃうと
終わる気が
だから笑って
はぐらかす
俺も名前が
怖いだけ

Chorusシティポップ

縛らないのが
優しささ
このまま遊ぼ
いいじゃない

II. One Voice第二部 一人語りの時代媒体が変わると、不安の形が変わる。男の声は沈黙へ溶ける。
9

待ってしまう

平成初期/電話・留守番電話
Intro

電話の前で 膝を抱えて
鳴らない呼び出し音を 数えてる
「今夜こそ」って 何度目の今夜
受話器の冷たさだけ 慣れていく

Verse 1

かけ直せばいいって わかってるよ
指はダイヤルの上で 止まったまま
自分からかけたら 負けな気がして
プライドと未練 どっちも捨てられない

Pre-Chorus

あの夜 軽く笑って
「またね」って手を振ったあなた
その「また」が いつなのか
聞けないまま 夜になる

Chorus

会えない時間が 好きを大きくするって
誰が言ったの こんなに苦しいのに
ベルひとつで 世界が変わる夜を
待って 待って 待ってしまう
かけてこない あなたの声を
今夜もまだ 待ってしまう

Verse 2

留守電のテープ すり切れるほど
何度も巻き戻して 聞いている
新しい言葉は ひとつもないのに
古いあなたの声に すがってる

Pre-Chorus

受話器を取れば 届くはずなのに
重いって言われるのが 怖いだけ
自由なのに 動けない
誰も縛ってないのに

留守電男声・録音(spoken, lo-fi)
「あ、俺。……ごめん、今ちょっと忙しくてさ。
 また、落ち着いたら連絡するわ。
 ……じゃ」
(ツー、ツー……)
Bridge

「また連絡する」の その「また」を
カレンダーのどこにも 見つけられない
それでも消せないの このテープ
あなたの「またね」に まだ手を振ってる

Final Chorus

会えない時間が 好きを大きくするなら
この夜が明けたら どれだけ好きになるの
ベルは鳴らない わかってる わかってるのに
待って 待って 待ってしまう
かけてこない あなたを
今夜もまだ 待ってしまう

Outro

受話器を置いて 灯りを消す
明日になれば かけられるかな
……なんてね
今夜も 眠れないだけ

10

打って消して

平成中期/ガラケー・メール・着メロ
Intro

ベッドの上で ケータイ握って
カーソルだけが 点滅してる
「ねぇ」まで打って ぜんぶ消した
深夜二時の わたしの親指

Verse 1

あなた専用に 設定した
特別な着メロ 誰も知らない
鳴った気がして 毎回見るの
画面は暗い 着信 〇件

Pre-Chorus

「今日ね」「あのね」「元気?」「やっぱいいや」
書いては消して また書いて
絵文字つけたら 必死みたい
外したら 冷たいかな

Chorus

送れない 送れない
たった一言が 送れない
あなたから来れば すぐ返すのに
自分からは 負けな気がして
打って消して 打って消して
朝が来る
連絡ひとつで 繋がれる時代に
わたしだけ 届かない

Verse 2

やっと来たメール 三文字「おつ」
意味を三時間 考えてる
ピリオドもない 絵文字もない
これは脈? 脈なし? どっちなの

Pre-Chorus

即レスしたら 重いでしょ
だから一時間 わざと待つ
駆け引きなんて したくないのに
わたしが勝手に すり減ってく

Bridge

ほんとはね
「好き」って打ったことなら
何回も 何十回も あるんだよ
送信ボタンの 手前で消して
なかったことに してきただけ
絵文字のハートも「ウケる」で薄めて
本気を 冗談に 着替えさせてる

Final Chorus

送れない 送れない
好きの一文字が 送れない
あなたから来れば 世界が変わるのに
待ってるだけじゃ 何も変わらない
わかってるのに 打って消して
また朝が来る
連絡ひとつで 繋がれる時代に
わたしだけ まだ 届かない

Outro

下書きフォルダに 溜まってく
送らなかった ぜんぶの「好き」
いつか送れる日が 来るのかな
……なんてね
今日も 保存して 閉じる

11

見えてしまう

平成後期/SNS・既読・匂わせ
Intro

親指で タイムライン 流してる
あなたの「いいね」が 別の子に灯る
見なきゃいいのに 見てしまう
スクロールする手が 止まらない

Verse 1

送ったメッセージに 既読がついた
ついたまま もう三時間
返ってこないって わかってるのに
画面を伏せて また見てる

Pre-Chorus

追撃したら 重いでしょ
だから一回で 止めておく
「既読スルー」って 言葉だけが
やけに静かに 刺さってくる

Chorus

見えてしまう 見えてしまう
見たくないものまで 見えてしまう
あなたが今 誰と笑ってるか
ぜんぶ 画面が 教えてくる
昔は 会えない時間が 苦しかった
今は 見えすぎる時間が 苦しい
通知ひとつで 心臓が鳴る
見えてしまう この恋

Verse 2

鍵垢にだけ 本音を吐いて
誰にも届かない場所で 叫んでる
表のアカウントでは 匂わせて
わかる人にだけ わかればいい

Pre-Chorus

あなたの好きそうな曲を 貼って
「これ気づいて」って 祈ってる
名前は出さない 出したら負け
だから世界に 遠回しに叫ぶ

Bridge

スクショされて 保存されて
消したはずの言葉も まだどこかに残ってる
誰が見てるか わからないまま
それでも投稿ボタンを 押してしまう
見られたくない 見てほしい
この矛盾を 毎晩 繰り返してる

Final Chorus

見えてしまう 見えてしまう
あなたの世界が ぜんぶ 見えてしまう
なのに一番知りたい あなたの本当は
画面のどこにも 映らない
既読はつくのに 心は見えない
見えすぎるのに 届かない
通知ひとつで 心臓が鳴る
今日も わたしの片想い界隈

Outro

スマホの画面 暗くなる
そこに映った わたしの顔
誰にも 送らなかった 今日の「好き」
……なんてね
「おやすみ」 とだけ 呟いて

12

選ばれたいんだが

令和・現在形/マッチングアプリ・ストーリー
Intro

右にスワイプ 左にスワイプ
顔も名前も 秒で流れてく
百人いても 刺さるのは一人
なのにその一人が いちばん既読つかない

Verse 1

ストーリー あなたが足跡つけてく
リプはないけど 毎回見てはくる
それって何? 脈? ただの暇つぶし?
判定不能 アルゴリズムより読めない

Pre-Chorus

キープされてる 気はしてる
でも問い詰めたら ブロックされそう
「重い」って いちばん怖い言葉
だから今日も 余裕のフリして「ゆるく」

Chorus

選べすぎる時代に 選ばれたいんだが
スワイプひとつで 次に行けちゃう世界で
あなたの「いちばん」に なりたいだけなのに
言ったら重い? 負け確? 知らんけど
選ばれたい 選ばれたい
その他大勢じゃ 無理なんよ
百人の中の一人じゃなくて
あなたの ただ一人に なりたい

Verse 2

スクショ撮って 友だちに査定させる
「これ脈ないでしょ」「いや、ワンチャンある」
集合知でも 答え出ないやつ
本人だけが 既読つけて黙ってる

Pre-Chorus

「アプリ消してよ」とか 言えない
「お互い様でしょ」って顔されたら詰む
私だけ本気とか ダサいって
そう思われるくらいなら 黙る

Break

スワイプ 通知 既読 無視
足跡だけ 律儀につける男
脈 なし あり 保留 また保留
ワンチャン数えるの もうやめた
余裕 ない でも あるフリ
ゆるい 無理 でも ゆるいフリ
選ばれたい でも 言えない
重いが勝つか 好きが勝つか
脳内会議 また紛糾
理性 もう 帰った
好き だけが 残業してる

Final Chorus

選べすぎる時代に 選ばれたいんだが
みんな保険かけて 誰も決めない世界で
あなたの「特別」に なりたいだけなんよ
言えないまま また右にスワイプされる
選ばれたい 選ばれたい
キープでも その他でも もう無理
百個の選択肢の一個じゃなくて
あなたの 最後の一個に なりたい

Outro

通知が来た あなたじゃない
また知らない誰かの いいね
画面の中 百人が手を振ってる
でも私が 名前を呼びたいのは
……なんてね
今日も「ゆるく」って スタンプ送る

III. Two Endings終 二つの結末呼べた世界線と、呼べなかった世界線。
13

名前を呼ぶ

令和最終篇/それでも名前を呼ぶ
Intro

通知ひとつで 心拍数 バグる
今日も画面 見つめてる
誰かからの「好き」を 待ってるだけの
受け身の恋を もう何年してるんだろう

Verse 1

ずっと 通知を 待ってた
こっちから行ったら 負けだと思ってた
ぜんぶ 冗談に してきた
本気を見せたら ダサいと思ってた
スクショされるのが 怖かった
名前をつけたら 終わると思ってた
——知らんけど

Pre-Chorus

でも もう 疲れたんだ
足跡だけ残して 匂わせて
「わかる人にだけ」なんて
遠回りばっかり もう無理

Chorus

誰かが見てても 君の名前を呼ぶ
スクショされても ブロックされても いい
「重い」も「負け」も 今日は怖くない
今 君の名前を 呼ぶ

Verse 2

本当は ずっと 好きだった
冗談の裏で ずっと 好きだった
通知を待つ夜 ぜんぶ 君だった
下書きフォルダの ぜんぶ 君だった
送れなかった「好き」が 何年分も
今 喉まで 来てる

Pre-Chorus

もう「なんてね」って 言わない
手を振るだけの恋は 今日で終わり
返事が 来なくてもいい
呼んだ その事実だけ 残るから

Final Chorus

誰かが見てても 君の名前を呼ぶ
誰に どう思われても もういい
名前をつけたら 終わると思ってた
でも 呼ばなきゃ 何も 始まらない
怖い まだ怖い それでも呼ぶよ
返事は いらない ただ 呼びたいだけ
今 君の名前を 呼ぶ

(——あなたの、名前を)
Outro

通知は まだ 来ない
画面は 暗いまま
でも わたしは もう 待ってない
さっき 名前を 呼んだから
……怖かった
でも、言えた

13’

名前を呼べない

令和カオス篇/ボーナストラック
System Boot通知音・女声・多重

ピコン
ピコン
ピコン

あなたじゃない
はい解散

いや待って
足跡はある
足跡だけある

それは何?
恋?
仕様?
バグ?
人類?
好(ハオ)?

いや
ハオじゃ済まん

Intro早口カオス

通知ひとつで 心拍数ギュン
既読つかんのに ストーリー皆勤賞
え、なにそれ 律儀すぎ?
足跡だけ置いてく妖怪?

右にスワイプ 左にスワイプ
顔面カタログ 秒で流れてく
百人いても 刺さるの一人
その一人だけ 返信おっそすぎ

メロつく
むり
キャパい
なのにまだ
画面見てる

Tag

通知、滅、好き、むり
メロい つらい キャパい
ほんmoney それな
でも言えない

Verse 1会話と独白が混線

「最近どう?」って打った
消した
「元気?」って打った
しゃばい

「今なにしてる?」は彼女ヅラ?
いや彼女じゃないが?
じゃあ何?
気にぴ?
好きぴ?
リアコ?
未満?
以上?

未満以上って何?
数学も恋もバグ

あなたの「おつ」だけで
一日ウマ確まであるのに
こっちの「おつ」は
温度ミスったら即氷河期

絵文字つけたら必死
外したら終わり
「笑」か「w」か「!」か「〜」か
脳内会議 議事録炎上

Mini Hook

送信前に風呂キャン
返信待ちでメンブレ
好きって打てば
世界線ピキる

あーもう
わかりみが深海
息してるだけで
恋がうるさい

Pre-Chorus急にメロディアス

ねえ
見られたくないのに
見てほしい

バレたくないのに
気づいてほしい

鍵垢で叫んで
表では凪の顔
この恋 治安悪すぎ
でも退出できない

Chorus爆発

通知、滅、好き、むり
君方面に 感情災害
メロいより もう痛い
心臓 ログアウト寸前

好きって言えば
終わる気がして
言わなきゃずっと
終わらないまま

ワンチャンある?
ない?
保留?
保留がいちばん残酷なんよ

通知、滅、好き、むり
選ばれたいのに 選べる時代
その他大勢じゃ 無理 of 無理
君の一件通知に なりたいだけ

Post-Chorusピッチアップ内声

ピコン あなたじゃない
ピコン あなたじゃない
ピコン あなたじゃない

でも足跡
足跡
足跡だけ

エッホエッホ
足跡だけは律儀って伝えなきゃ

Verse 2SNS断片

スクショ撮って 友だち裁判
「これは脈」
「いや暇」
「ワンチャン」
「撤退」

集合知 割れすぎ
陪審員までメンブレ

あなたの好きそうな曲
ストーリーに貼った
秒で見た
リプ無
いいね無
でも見た

見たなら言って?
いや言われたら詰む
何が?
関係が
何の?
知らん
だから詰む

平成女児みたいな
ラメ入りの強がりで
少女漫画コアな妄想だけ
脳内で連載中

第一話「足跡」
第二話「既読」
第三話「他の子へのいいね」
最終話 未定

打ち切りだけは
やめて

Break 1脳内会議

議題
この恋は脈か

A案 撤退
B案 様子見
C案 好き

C案 強すぎ
却下
再提出

理性「寝ろ」
感情「無理」
自尊心「負けるな」
親指「送る?」
親指「消す?」
親指「送る?」
親指「保存」

解散
横転

Chorus 2さらに明るいのに痛い

通知、滅、好き、むり
君の一言で 天気変わる
「大丈夫?」とか言うな
それが一番 大丈夫じゃない

語彙力だけ 先に昇天
蛙化?
しないが?
むしろ沼地に家建てたが?

通知、滅、好き、むり
選ばれたいとか 言ったら重い?
重いって言葉 怖すぎ問題
でも軽いフリも そろそろ限界

Sudden Drop無音近く

……ねえ
君の名前
打ったことならあるよ

Bridge急に本音

下書きの奥に
君の名前がいる

送らなかった「好き」の横で
まだ消えずに光ってる

名前を呼んだら
終わると思ってた

呼ばなかったから
ずっと終わらなかった

見られたくない
見てほしい
言いたくない
わかってほしい

この矛盾でできた服を
毎晩 着替えられない

Glitch全時代が壊れて流入

野守は見ずや
いや 全員 見てる

名や立たむ
もう スクショ済み

舞と見よ
「ネタ」じゃもう 隠せない

これ誠
いや ガチなんよ

身は家のもの
今は アルゴリズムのもの?

なんて言いつつ
その「なんてね」が もう効かない

身を引くの
引く相手すら いないのに

名前を聞けば負け
ずっと 負けっぱなし

待ってしまう
何を待ってるかも もう不明

打って消して
一生 打って消して

見えてしまう
ぜんぶ見えるのに 心だけ 見えない

選ばれたいんだが
選ばれたいんだが
選ばれたいんだが

(信号 過多)

好(ハオ)
いや ハオじゃ もう 追いつかん

ぜんぶ 同時に 鳴ってる
ぜんぶ おんなじ「好き」なのに
ぜんぶ 言えないまま

バッファ オーバー
名前、読み込み中……
読み込み 失敗

——だから、呼べない

Break 2構造崩壊

好き むり ギュン 滅
重い 軽い ゆるい 無理
脈 謎 沼 保留
既読 未読 足跡 無言

風呂キャンするほど
情緒が帰宅拒否
限界オタクの顔で
自分の恋を実況中

「まずは、ありがとう」
とか言われたら終わり
告白前から振られ構文
先回りして泣くな

キャパい
しゃばい
てぇてぇ
しんどい
ほんmoney好き

でも言えない
言えない
言えない
言えない

言えないのに
投稿ボタンは押せるの
なんで?

False Final Chorus最大カオス

通知、滅、好き、むり
君の名前が 通知欄にない
それだけで世界が
ちょっと下書きに戻る

好きって言えば
壊れる気がして
言えないくせに
また画面見る

百人のいいねじゃ足りない
君の一件だけでいい

通知、滅、好き、むり
その他大勢の海で溺れる
わたしを選んで
とか言えたら苦労しない

だから今日も
ゆるく
軽く
何もなかった顔で

Collapseスタンプ連打

ゆるく

それな
わかる
うける
だよね
またね
おやすみ

おやすみ?
おやすみって何?

終わらすな
終わってない
始まってもない

Last Whisper本編13への橋

でも
ほんとは
名前を呼びたい

Outro画面暗転

通知が来た
あなたじゃない
また知らない誰かのいいね

画面の中で
百人が手を振ってる

わたしは笑って
スタンプ送って
また白を切って

でも
下書きの奥で
君の名前だけ
まだ消せない

Final Tag小声・壊れかけ

通知、滅、好き、むり

好き、まで打って
また消して

ピコン

あなたじゃない

名前、

……

なんでもない

まだ
呼べない

Coda

巻末解題

【野守(監視者)の変遷】蒲生野の番人ひとり → 世の聞こえ → 義理 → 家 → 世間・噂 → 既読・タイムライン → 全員・履歴・スクショ・消えない証拠。野守は一直線に増えはしない。家制度が倒れた戦後から私的な電話の平成初期にかけて、いったん消える(不安は「見られる」から「待ってしまう」へ内向する)。だが平成後期から令和にかけて、桁違いの規模で戻ってくる。だから最終篇「誰かが見てても」は、額田王より無限に多い目の前での、史上最大の賭けになる。

【袖振るから、名前へ】この連作はずっと「言い逃れできる合図」の歴史だった。袖を振る/舞と見よ/袖を引く/ご挨拶/なんて言いつつ/このまま遊ぼ/既読/匂わせ/百人が手を振ってる——全部「ただの仕草」と白を切れた。その総決算が「名前を呼ぶ」。唯一、取り消せず、白を切れない行為。八〇年代に生まれた「名前を聞けば負け」が令和まで彼女を縛り、最後に「呼ばなきゃ何も始まらない」と裏返る。負けだった名づけが、賭けになる。

【はぐらかしの糸】「なんてね」はモボモガ「なんて言いつつ」に生まれ、全篇を貫き、十三で捨てられ、十三'で溺れる。

【形式の進化】長歌+反歌 → 短歌 → 今様(7-5) → 都々逸(7-7-7-5) → 新体詩 → 流行歌(口語化) → 演歌 → シティポップ → J-pop → ハイパーポップ → アンセム。貴族の詠む歌が、うたい舞う庶民歌になり、口語のポップへ崩れていく。今様で生まれた七五調が、演歌・J-popまで脈を運ぶ。

【役割の反転】万葉以来千三百年「女が引き、男が攻める」だった。家制度が倒れた戦後、女の自己抑制(古い檻の残響)が死に、八〇年代で完全に反転——彼女が名前を望む側、彼が冷たい謎メンに。平成で男の声は媒体の沈黙(留守電の幽霊 → 既読スルー → 無言)へ溶け、令和では彼女ひとりが残って、名を呼ぶ。

額田王が「見られるかもしれない」と袖を気にした宴から、「見られても呼ぶ」まで——長い長い、一本の片恋。

令和の地の手触りとして、別作の三部作「メロすぎ注意報」「謎ピ、好(ハオ)」「彼氏らぶい、情緒だるい」が、この十三篇のいちばん新しい地層の上に自然に乗る。