Waka × Reiwa — Honkadori Cycle · Finale
写し ・ 移し ・ 映し ・ 現し ── 全六曲
扉は、両開きである。
環 ・ 流域 ・ 渦 ・ 網 ── 四つの背骨を透かした一枚の上を、最後の六曲が渡ってゆく
本歌取りを完成させるのは、読者である。古歌をふまえたことが読者にわかり、なおかつ新しさが感じ取られるとき、二つの歌は互いを照らしはじめる──取られた本歌の側も、新しい魅力をみせはじめる。
この連作は二層でできている。千年の古歌を取り、同時に、私たち自身の三十曲を取る。和歌を知る人には古歌がこの曲を開き、この連作を聴いてきた人には、この曲が古歌を開く。扉は両開きである。
Track 01 — 一 ── 心を取る
Yuki no Kure
古歌に加え 意吉麻呂「苦しくも降りくる雨か」 | 自作の本歌 『くれ』(こよみ)──詞は取らず、立ち止まる心だけを雪へ
駒とめて袖うちはらふ陰もなし佐野のわたりの雪の夕暮
♪ Audio
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ゆうがたから ゆきに かわると よほうの とおりに なっていった かさは かいしゃの ロッカーの なか とりに もどるには とおすぎる
アーケードの あった しょうてんがいは はしらの あとだけ ほどうに のこり やねの きえた みちの まんなか ゆきを はらう のきさきが ない
いそげば いえまで じゅっぷんの みち それなのに あしが おそくなる ゆきの なかでは なぜだろう──
たちどまって しまった ゆうぐれ かたに ゆきが つもりはじめる はらわないと きめた わけでもないのに てが うごかないで いる しずかさの ほうが みに つもる
くるまが いちだい ライトを おとして ゆっくり わたしを よけていった きょねんの おおみそかの ゆうがたも この かどで あしが とまった
あのときは りゆうを さがしていた とまった じぶんに おどろいていた ことしは ゆきに まかせている──
たちどまって しまった ゆうぐれ まちの おとが とおくなってゆく ここまで あるいて きた あしおとも ふりかえっても もう きこえない だれも わたしを いそがせない
せんにひゃくねんまえ あめの なかで やどの ない みちに こまりはてて はしりだしそうな うたを のこした ひとが いる それを よんだ ひとが ごひゃくねんあと おなじ ばしょに ゆきを ふらせた あめは ゆきに かわり あせりは しずけさに かわり こまりはてた ことだけが かわらない ふたつの うたの あいだで てんきだけが かきかえられている
かたの ゆきを はらわないまま くらくなる まちに たっている あめに はしった ひとが いて ゆきに とまった ひとが いて きょう わたしが その つぎに ならぶ つもる ゆきだけが はかっている わたしが ここに いた ながさを
(ゆきごしに かねが ひとつ きこえた きが した)
きこえなかったの かも しれない
Suno ── A snowfall slowcore 46/73 ・ B 2-step 48/72 ・ C post-classical 44/73 ・ D 雪面フィルタ 56/62
Track 02 — 二 ── 詞を取る
Matsuyama
古歌に加え 家隆「霞立つ末の松山」 | 自作の本歌 『まつ』(こよみ)──「まつは たっている」の詞だけを、始発前の幻へ
君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ
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しはつまえの ロータリーに ついている いろだけが うかんでいる シャッターは はんぶんだけ あいて けいじばんだけが ひかっている
スーツケースの キャスターの おと ほどうに ひびいて おおきすぎる ゆうべ ここに あふれていた ひとなみは もう どこにもない
つれていけない ものだけが この まちには のこされる かこいの なかの くらい みどり──
ひとなみは まつを こえない よるごとに よせて あさに ひく かこいの てまえで ふたてに わかれ だれも あの きに さわらないまま ちかいのように くりかえされる
めを こらせば みえる きが する きのうの なみの のこりが ひいて まつの ねもとを はなれてゆくのが あけがたの あおに すけながら
ありえない ものが みえるのは ひかりの せいに していい じかん よあけの てまえの この いろは──
ひとなみが まつを はなれてゆく きのうの かたちの まま すきとおって みおくりも わかれの あいさつも なく ただ とおざかって うすくなる みていたのは わたしだけの あさ
「なみが あの やまを こえるなら」と ありえない ことを ちかいに した うたが あり ごひゃくねん あとの ひとが その なみを あけがたの そらに ほんとうに ながした ちかいの ことばは けしきに なった そして いつかの わたしたちの うたからも 「まつは たっている」の ひとことだけが ここに はこばれて きている
しはつの ベルが なりはじめて まぼろしの なみは きえてゆく それでも まつは たっている まちあわせの きおくを ぬがされて ただ たっている あおの なか わたしは のって はなれてゆく きょうの なみの いちばん さきで
(ドアの しまる おと)
まどの そとを まつが とおりすぎた ──いや とおりすぎたのは こちらの ほう
Suno ── A blue-hour ambient pop 47/73 ・ B 2-step 48/72 ・ C post-classical minimal 44/73 ・ D 人波の音響考古 57/62
Track 03 — 三 ── 密着からの突破
Kooru Tsuki
古歌に加え 家隆「志賀の浦や遠ざかりゆく波間より凍りていづる有明の月」 | 自作の本歌 『ぬばたまの』(まくらことば)──サビで密着し、朝で突破する
さ夜ふくるままに汀や凍るらむ遠ざかりゆく志賀の浦波
♪ Audio
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みみの おくで なりつづけた しずけさが ふいに ひいてゆき れいぞうこの ひくい うなりが だいどころに もどってくる
げんかんの あかりは つけたまま そとが しらむと いろが うすれる まちあかした へやの なかを あさが ゆっくり うすめてゆく
「まだ あけないで」と たのんだ よるは ききいれられて ながかった それも そろそろ おわる──
ぬばたまの── いあかして きみを またむと うたった こえに かさねて うたう 「きみ」の ところで いきが つかえる わたしの きみは だれだった だろう まちつづけた よるが しらむ
あせが ひいて ひえて いくのが にのうでの はだで わかる まなつの あさの はじまりなのに はのねが あわずに ちいさく なる
ねむらない からだは よあけに いちばん つめたく なるのだと いう せつめいは あとで よむことにする
こおりながら のぼる あさひを まちあかした めで みている しもは ついに ふらなかった かわりに はだの うちがわから こまかい つぶが うきあがってくる
はっぴゃくねんまえ こおる みぎわの うたに はんしんを しずめた ひとが いて なみまから ありあけの つきを こおらせて とりだして みせた つきが こおる はずは ない けれど よを あかした ひとの めに なら のぼる ひかりは たしかに つめたい わたしも いつかの じぶんの うたに はんしんを しずめて あさを こおらせる
こない ひとを まった よるの おわりに のぼる つめたい ひ ぬばたまの よるの そとがわに こんな あさが あった ことを しらないままで うたっていたのだ ひかりの なかで めを とじる とけていくのは どちらだろう
(どこかの まどで ふうりんが ひとつ)
よるの すずの おとに にていた
Suno ── A dawn ambient 2-step 48/73 ・ B post-classical sunrise 45/73 ・ C downtempo 46/72 ・ D 家電残響の夜明け 57/62
Track 04 — 四 ── 心も詞も取る ・ 家系の曲
Yamadori
古歌 「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」 | 自作の本歌 『しだり尾』(みちゆき)──三世代、初めて同じ部屋に
ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影
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めを とじても ねむりは こなくて びょうしんの おとを かぞえている カチ カチ という きそくただしさを まえにも どこかで きいた きが する
カーテンの すきまの つきあかりが シーツの うえに しろく おちて しもが おりたかと ゆびで ふれる つめたくは ない ひかりだった
よるの ながさに こまりはてた ひとたちの れつの いちばん うしろ きょうの わたしが ならんでいる──
ながい よる と うたった ひとの よるも こんなに ながかったか みねの あちらと こちらの あいだ はなれて ねむる ものたちの ながさだけが つたわってくる
とおくで こうそくどうろの おとが たえまなく ひくく つづいている あの あかい 尾の ながれの なかに ねむれない ひとが いまも いる
はっぴゃくねんに ひとりずつ この へやに よばれた ひとが かぞえかたを かえて うたう──
しもかと まよう つきかげの とこ あかい 尾を ひく くるまの れつ しろと あかとが おなじ ながさの よるの りょうはしで ひかっている わたしは その あいだに よこたわる
いっしゅの うたから はじまった やまどりの よるは けいずを もつ はっぴゃくねん あとの ひとが しもを おき そのまた はっぴゃくねん ちかくの あと だれかが あかい 尾を つないだ たがいを しらない うたたちが こんや ひとつの ねむれなさの なか はじめて おなじ へやに いる
「ながながし よるを ひとりかも ねむ」 となえる たびに よるは のびる それでも うたに して きた ひとたちの かぞえかたで わたしも かぞえる びょうしんが ウインカーに きこえて つきかげが しもに みえる まで ながさは うたに なって わたる
(カチ、カチ、は つづいている)
つぎの だれかが かぞえる ばん
Suno ── A sleepless minimal electronica 47/73 ・ B 2-step 48/72 ・ C chamber nocturne 44/73 ・ D 全音色時計産 57/62
Track 05 — 五 ── 取られる ・ 矢の反転
Musubime
自作の本歌 『ちはやぶる』(まくらことば)──結び目が、千年先の知らない指へ
千早ぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは
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「ネオン降る」と はじめて かいた よるの ことは おぼえている ふるい ことばたちの れつの すみに にあうか どうか おいてみた よる
ことばは てを はなれていった どこかで つかわれて いるだろうか たしかめる すべは もとから なくて おくりじょうの ない こづつみのまま
むすびめは とどく ひ まで なかみが こぼれない ための かたち あてさきは よめない ままで──
とられて ゆけ と ねがう ことは わすれられて ゆけ と ねがう こと なまえも ゆらいも すりへったあと おとだけ のこって つかわれるのが ことばの いちばん とおい みなとだ
せんねんさきの だれかが ひとり 「ネオン降る」の でどころを しらべる じしょの きしべで けいずは きれて どの うたが はじまりか わからない
ネオンと いう ひかりは とうに ほろびて どんな いろかを しる ひとも ない まどの そとには なまえの しらない べつの ひかりが ふっている──
だれが きめたの と その ひとは いつつの おとに くびを かしげる わからないから めが はなせない わからないままで つかってみる つぎの うたの いちばん あたまに
かみよも きかず と うたった ひとは かみよより あかい みずの いろを おそれずに ことほいで みせた わたしたちの しらない うたが わたしたちを こえて うたわれる ひを まだ みぬ くれないの ことを いまの うちから ことほいで おく
むすびめよ ほどけずに ゆけ しらない ゆびに さわられながら ゆらいの きえた いつつの おとが あたらしい よるに かぶせられる だれが きめたの と とわれる たびに わたしたちは すこし うたわれている
(すずの おとが おくれて とどく)
へんじだと おもう ことに する
Suno ── A future garage 48/73 ・ B 2-step 48/72 ・ C choral ambient pop 46/73 ・ D 全音色鈴産 58/62
Track 06 — 六 ── 見渡して、降ろす ・ 終曲
Miwataseba
自作の本歌 五連作三十曲の全部──鳴らさずに、見渡す
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮
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いちねんぶりに ふねを おりた きせつは ひとつ すすんで あきだ あの ふるい やどの いりぐちに 「とうぶん やすみ」の かみが はられて
ぼうはていの さきまで あるく はるの ながあめは とおく すぎて せみの こえは もう やんでいて ゆきには まだ とおい くうきだ
うたに できそうな ものを さがして みわたす くせが ぬけないまま めに はいる ものを かぞえていく──
みわたせば ここには なにも ない うたに した ものが ひとつも ない さんじゅうの うたは いま どこでも なっていない しずかな みなとだ とまった うたは どこに いるのだろう
とうだいだけが おきて いて きえては ともる を つづけている あの ばん ふたりの いた へやは そとから みれば ただの くらい まど
くちずさもうと して やめた どの うたも いま じゃ ない きが して だまって いても たりている──
くちずさみかけて やめた うたに かえる ばしょが あると すれば きいて くれた ひとの なかの そとから みえない どこかだろう たしかめる すべは もとから ない
はっぴゃくねんまえ だれよりも おおく はなと もみじを そらんじた ひとが なにも ない うらべの ゆうぐれを えらんだ そらんじた ぜんぶを いちど おろして からに した めで みた ながめ わたしも きょう おなじ ばしょに さんじゅうの うたを おろして たつ
みわたせば はなも もみじも すずも ネオンも なかりけり なにも ないことが こんなに しずかで なにも ないのに たりている うらの とまやの あきの ゆうぐれ
(なみ、とおい ふね、かぜ)
さいごの おとは つくらないで おく せかいの おとに かえして おく
Suno ── A dusk chamber pop 46/73 ・ B 2-step 48/72 ・ C post-classical 44/74 ・ D 偽装が解けてゆく 58/62
せかいの おとに かえして おく
(なみ、とおい ふね、かぜ ── 音楽はもう鳴っていない)
うつし ── 連作六曲 | 五連作三十六曲、これにて