Concept
本作『不成立』は、観測・身体・伝達、そして成立条件という四つの層において、「成立しない状態」を段階的に記述したアルバムである。
ここで扱われるのは、欠落や喪失ではない。すべては存在し、すべては動作している。信号は変わり、装置は動き、身体は脈打ち、声は出ていく。にもかかわらず、それらが「成立」として結びつくことはない。本作は、そうした状態を観測し続けた記録である。
第1部から第4部へ進むにつれて、成立を支えていた前提——空間・時間・関係、そして因果・検出・論理・作用・言語——が一つずつ外されていく。終曲では再び最初の対象に戻るが、それを同じものとして確定する条件はすでに失われている。アルバムは直線ではなく、閉じきらない円として残る。
したがって本作は、喪失や崩壊の物語ではなく、「成立という現象が最初から発生していない世界の記録」である。
I
未接続
空間の不成立外界に存在する装置や空間を対象とする。これらは本来、人間や移動といった行為と結びつくことで機能する。しかし本作では、その機能的な関係が成立しない状態が記述される。信号は変化し、電車は通過し、改札は動作するが、それらは何とも接続されない。動いているにもかかわらず、接続されない——世界は正常に動作しているが、意味的な成立だけが発生していない。
Verse 1
終電のあと ホームに風だけ残る
白いライト 線路が銀色になる
遠くで モーターの音
行き先表示は 空白のまま
Chorus
回送電車 街を通り抜ける
窓の向こう 影だけ流れる
ホームの光 後ろへ流れる
回送電車 夜を抜ける
Verse 2
広告のポスター 端が少しめくれている
吊り革が 小さく揺れている 座席の布
まだ温度が残る 次の駅も 表示は変わらない
Chorus
回送電車 街を横切る
ガラスの中 光が滑る
車内放送 入らない
回送電車 夜を抜ける
Bridge
踏切の向こう 犬が一度だけ吠える
車掌室のランプ それだけ灯る
Final Chorus
回送電車 同じ線路の上
誰も乗らない ドアは閉まっている
朝が来る 速度は落ちない
回送電車 夜を抜ける
Verse 1
交差点 風通る
白線 乾いたまま
ポール先 光点く
赤のまま 変わらない
Chorus
信号機 色変わる
青になる 来るものなし
赤に戻る 同じ間
点滅は していない
Verse 2
押しボタン 跡がない
スピーカー 音出ない
横断歩道 白続く
端と端 同じ幅
Chorus
信号機 順に変わる
赤 黄色 それから青
また赤へと 戻るだけ
周期だけ 繰り返す
Final Chorus
信号機 同じ場所
同じ色 繰り返す
朝が来る 変わらない
そのままで 動かない
Verse 1
改札機 光点く
ゲートだけ 開いてる
タッチ音 音は鳴る
通るもの 現れない
Chorus
改札機 開いてる
閉じてまた 開いてる
音は鳴る 繰り返す
通過だけ 残らない
Verse 2
表示灯 駅名なし
矢印が 先を指す
床の線 真っ直ぐ伸びる
踏む足は 現れない
Chorus
改札機 動いてる
ゲートだけ 繰り返す
タッチ音 音は鳴る
通るもの 現れない
Final Chorus
改札機 同じ場所
開いては 閉じていく
通過だけ 残らない
そのままで 動いてる
Verse 1
ホーム端 人が立つ
背中だけ 見えている
白線の 内側で
一度も 動かない
Chorus
ホーム端 人がいる
電車は やってこない
線路だけ 伸びている
音だけが 通り過ぎる
Verse 2
足元に 影がある
照明だけ 照らしてる
鞄だけ 下がってる
名前など 表示なし
Chorus
ホーム端 人がいる
振り返り しないまま
背中だけ 見えている
同じ場所 動かない
Final Chorus
ホーム端 人がいる
電車だけ 現れない
線路だけ 続いてる
そのままで 動かない
Verse 1
カメラだけ 回ってる
赤いランプ 点灯する
映像は 続いてる
何もまだ 起きてない
Chorus
防犯の 記録だけ
延々と 残ってる
映るもの 現れない
それなのに 見られてる
Verse 2
天井の 角にある
白い筐体 動かない
ズームだけ 少し寄る
音だけは 拾えない
Chorus
防犯の 記録だけ
延々と 続いてる
映るもの 現れない
それなのに 見られてる
Final Chorus
カメラだけ 回ってる
映像だけ 残ってる
映るもの 現れない
それなのに 見られてる
Verse 1
ガラス面 光だけ
街の影 映ってる
通るもの 映ってる
そこにまだ 触れられない
Chorus
映ってる だけなのに
そこにある 気がしてる
手を伸ばす 届かない
映ってる まま消えない
Verse 2
水たまり 揺れている
信号機 滲んでる
人の影 混ざってる
どこからが 外なのか
Chorus
映ってる だけなのに
そこにある 気がしてる
足元に もう一つ
同じもの 並んでる
Final Chorus
映ってる だけなのに
そこにある 気がしてる
消えないまま 残ってる
どちらにも 戻らない
II
身体
時間の不成立観測対象が外界から身体へ移行する。呼吸、瞬き、心拍、体温、神経——本来は主体と不可分な機能が、主体から切り離され、純粋な現象として観測される。ここで扱われるのは「同期の不成立」である。身体は動作しているが、時間的な連続性も主体的な統合も持たない。各機能は個別に存在し、全体としての身体は成立しない。この章で初めて、ごく微細な揺らぎが現れるが、それは感情ではなく構造の歪みとしてのみ現れる。
準備中Verse 1
息を吐く それだけで
空気だけ 減っていく
息を吸う それだけで
隙間だけ 埋まってく
Chorus
呼吸だけ 続いてる
止まらない そのままで
吐いてまた 吸っていく
それだけで 変わらない
Verse 2
胸の動き 見えている
数だけが 増えていく
音はない そのままで
形だけ 残ってる
Chorus
呼吸だけ 続いてる
止まらない そのままで
吐いてまた 吸っていく
それだけで 変わらない
Final Chorus
呼吸だけ 続いてる
止まらない そのままで
吐いてまた 吸っていく
それだけで 変わらない
準備中Verse 1
瞼閉じ そのままで
光だけ 消えていく
瞼開き そのままで
光だけ 戻ってく
Chorus
瞬きが 続いてる
止まらない そのままで
見えている 消えていく
それだけを 繰り返す
Verse 2
影だけが 残ってる
形だけ 映ってる
消えたあと そのままで
何もまだ 変わらない
Chorus
瞬きが 続いてる
止まらない そのままで
見えている 消えていく
それだけを 繰り返す
Final Chorus
瞬きが 続いてる
止まらない そのままで
見えている 消えていく
それだけを 繰り返す
準備中Verse 1
心拍が 打っている
胸の内 響いてる
数だけが 並んでる
間だけが 残ってる
Chorus
心拍が 続いてる
止まらない そのままで
一回と 一回が
離れてる 並んでる
Verse 2
音はない そのままで
内側で 繰り返す
強さだけ 変わってる
形など 残らない
Chorus
心拍が 続いてる
止まらない そのままで
一回と 一回が
離れてる 並んでる
Final Chorus
心拍が 続いてる
止まらない そのままで
一回と 一回が
離れてる 並んでる
準備中Verse 1
体温が 残ってる
表面に 広がって
触れても そのままで
変わらずに そこにある
Chorus
体温が 広がって
内側と 外がある
間だけが 残ってる
それだけで 分かれてる
Verse 2
指先が 触れている
冷やされた ままになる
熱だけが 移ってる
形には 残らない
Chorus
体温が 広がって
内側と 外がある
間だけが 残ってる
それだけで 分かれてる
Final Chorus
体温が 広がって
内側と 外がある
間だけが 残ってる
それだけで 分かれてる
準備中Verse 1
神経が 伸びている
内側を 走ってる
信号が 流れてる
どこまでも 続いてる
Chorus
神経が 繋がって
届いてる はずなのに
少しだけ ずれている
そのままで 変わらない
Verse 2
先の方 動いてる
後からも 動いてる
時間だけ 違ってる
重ならず 流れてる
Chorus
神経が 繋がって
届いてる はずなのに
少しだけ ずれている
そのままで 変わらない
Final Chorus
神経が 繋がって
届いてる はずなのに
少しだけ ずれている
そのままで 変わらない
III
伝達
関係の不成立外部と内部を接続するはずの伝達が扱われる。発声によって信号は外部に出力され、受信によって内部に入力される。しかし、それらは一致せず、対応関係を持たない。やがて区別そのものが成立せず、最終的には観測すら成立しない状態に至る。入力と出力は存在するが、それらを結びつける構造が失われることで、「意味」が生成されない。
準備中Verse 1
声が出る そのままで
空気だけ 揺れている
形には ならないまま
広がって 消えていく
Chorus
発声が 続いてる
止まらない そのままで
どこまでも 広がって
何もまだ 変わらない
Verse 2
音だけが 浮いている
意味などは 付いてない
届いたか 分からない
そのままで 消えていく
Chorus
発声が 続いてる
止まらない そのままで
どこまでも 広がって
何もまだ 変わらない
Final Chorus
発声が 続いてる
止まらない そのままで
どこまでも 広がって
何もまだ 変わらない
準備中Verse 1
信号が 入ってくる
外側から 流れてる
形だけ 届いてる
意味はまだ ついてない
Chorus
受信が 続いてる
止まらない そのままで
入ってくる そのままで
何もまだ 変わらない
Verse 2
音だけが 残ってる
内側に 流れてる
重なって 増えていく
区別など ついてない
Chorus
受信が 続いてる
止まらない そのままで
入ってくる そのままで
何もまだ 変わらない
Final Chorus
受信が 続いてる
止まらない そのままで
入ってくる そのままで
何もまだ 変わらない
準備中Verse 1
出ていった そのままで
入ってきた そのままで
同じ形 しているが
同じには なっていない
Chorus
一致せず 並んでる
並んでる そのままで
結ばれず 残ってる
何もまだ 変わらない
Verse 2
音だけが 重なってる
順序だけ 違ってる
入ったもの 出たものが
重ならず 残ってる
Chorus
一致せず 並んでる
並んでる そのままで
結ばれず 残ってる
何もまだ 変わらない
Final Chorus
一致せず 並んでる
並んでる そのままで
結ばれず 残ってる
何もまだ 変わらない
準備中Verse 1
入っている 出ているが
同時にも 見えている
区別だけ 残らない
そのままで 続いてる
Chorus
不分のまま 並んでる
どちらとも 言えないまま
重なって いるようで
重なって いないまま
Verse 2
同じ形 しているが
違いだけ 見えてない
外側と 内側が
入れ替わる こともない
Chorus
不分のまま 並んでる
どちらとも 言えないまま
重なって いるようで
重なって いないまま
Final Chorus
不分のまま 並んでる
どちらとも 言えないまま
重なって いるようで
重なって いないまま
準備中Verse 1
そこにある はずだが
形だけ 見えてない
位置だけが 残ってる
何もまだ 触れられない
Chorus
消失が 続いてる
そのままで 変わらない
あるようで ないままで
どこにも 残ってない
Verse 2
音だけが あったはず
今はもう 残ってない
重なって いたものが
一つにも なっていない
Chorus
消失が 続いてる
そのままで 変わらない
あるようで ないままで
どこにも 残ってない
Final Chorus
消失が 続いてる
そのままで 変わらない
あるようで ないままで
どこにも 残ってない
IV
成立条件
前提の崩壊さらに抽象度を上げ、「成立そのものを支えていた条件」が扱われる。因果・検出・時間・論理・作用・言語——通常は世界が成立するために無意識に前提とされている要素が、一つずつ取り外されていく。世界は存在し続けているにもかかわらず、それを成立させるための前提が失われ、もはや「何が起きているか」を記述することすら困難になる。
準備中Verse 1
数だけが 増えている
記録には ないままで
一つだけ 足りてない
理由だけ 見えてない
Chorus
一致せず 残ってる
同じ数 ではないまま
何もまだ 起きてない
それでも 合ってない
Verse 2
順序だけ 変わってる
途中には ないままで
結果だけ 出ているが
経路には 残ってない
Chorus
一致せず 残ってる
同じ数 ではないまま
何もまだ 起きてない
それでも 合ってない
Final Chorus
一致せず 残ってる
同じ数 ではないまま
何もまだ 起きてない
それでも 合ってない
準備中Verse 1
結果だけ 出ているが
修正には 入らない
同じ値 続いてる
差だけが 残ってる
Chorus
定常が 続いてる
そのままで 維持される
合ってない 状態が
そのままで 残ってる
Verse 2
記録だけ 揃ってる
途中には 触れられず
原因は ないままで
結果だけ 更新される
Chorus
定常が 続いてる
そのままで 維持される
合ってない 状態が
そのままで 残ってる
Final Chorus
定常が 続いてる
そのままで 維持される
合ってない 状態が
そのままで 残ってる
準備中Verse 1
この位置に あるままで
前後には 進まない
次という 段階が
どこにも 現れない
Chorus
固定が 続いてる
変化には 入らない
同じまま あるだけで
続くとも 言えない
Verse 2
始まりも 終わりも
どちらにも 寄らない
途中という 概念が
どこにも 見当たらない
Chorus
固定が 続いてる
変化には 入らない
同じまま あるだけで
続くとも 言えない
Final Chorus
固定が 続いてる
変化には 入らない
同じまま あるだけで
続くとも 言えない
準備中Verse 1
同じ値 出ているが
同時には 違ってる
一つだけ あるままで
複数にも なっている
Chorus
破綻が 続いてる
成立と 不成立が
同時にも 起きている
どちらでも あるまま
Verse 2
原因が 二つある
どちらとも 成立する
一つだけ 選べない
同時にも 残ってる
Chorus
破綻が 続いてる
成立と 不成立が
同時にも 起きている
どちらでも あるまま
Final Chorus
破綻が 続いてる
成立と 不成立が
同時にも 起きている
どちらでも あるまま
準備中Verse 1
処理だけ 行われる
状態には 反映なし
更新が されている
前後とも 同じまま
Chorus
無効が 続いてる
成立は しているが
系の値 変わらない
同じまま 保たれる
Verse 2
入力は 通過する
出力も 出ているが
接続は されている
状態には 触れない
Chorus
無効が 続いてる
成立は しているが
系の値 変わらない
同じまま 保たれる
Final Chorus
無効が 続いてる
成立は しているが
系の値 変わらない
同じまま 保たれる
準備中Verse 1
そこにある ものだが
何として 扱えない
同じにも 違いにも
どちらにも 入らない
Chorus
未定義が 続いてる
名前にも ならないまま
何として 見てもなお
それには ならない
Verse 2
形だけ あるようで
定義には 入らない
既知にも 未知にも
判定には ならない
Chorus
未定義が 続いてる
名前にも ならないまま
何として 見てもなお
それには ならない
Final Chorus
未定義が 続いてる
名前にも ならないまま
何として 見てもなお
それには ならない
LOOP
終曲
ループアルバムは再び「回送電車」に戻る。しかしここで観測される回送電車は、冒頭のものとは同一ではない。対象は存在しているが、それを対象として確定するための条件がすでに失われているためである。最初に見ていたものと同じ対象に戻りながら、それが同じものとして成立することは、もはやない。
準備中Verse 1
線路だけ 続いてる
車体だけ 通過する
位置だけが 現れて
どこにも 留まらない
Chorus
回送電車 通過する
行先は 示されず
同じ列 なぞるだけ
回送電車 過ぎていく
Verse 2
窓だけが 並んでる
内部には 入れない
表示だけ あるようで
内容は 定まらない
Chorus
回送電車 横切る
順路だけ 残される
どこからも 来ていない
回送電車 過ぎていく
Final Chorus
回送電車 同じ列
始点にも 終点にも
どちらにも 至らない
回送電車 過ぎていく
BONUS
外部曲
シリーズの外「手」はシリーズの外にある外部曲であり、本編の四部構成には入らない。連作を通して一度も鳴らなかったピアノの一音がここで一度だけ触れる。ガラス越しに伸ばした手は、映っているものへ届かないまま、それでも一度だけ、ほんの少し温かい。
準備中Verse 1
手のひらを 伸ばしてる
ガラス面 そのままに
光だけ 映ってる
先だけが 触れている
Chorus
手を伸ばす それだけで
何もまだ 変わらない
映ってる そのままで
こちらには 来ないまま
Verse 2
指先が 止まってる
あと少し 動かない
見えている そのままで
触れない 気がしてる
Chorus
手を伸ばす それだけで
何もまだ 変わらない
映ってる そのままで
こちらには 来ないまま
Final Chorus
手を伸ばす それだけで
何もまだ 変わらない
距離だけ そのままで
どちらにも 行かないまま
不成立
すべてが動作し、存在している。にもかかわらず、一度も「成立」が発生しない。最初に見ていたものと同じ対象に戻りながら、それが同じものとして成立することは、もはやない。
UNRESOLVED SYSTEMS · LOWLIGHTS